天女と軍神列伝
稀代の武人に愛された天女
砂漠の桃源郷
北を燕と北臨、山を西夏。南を晋と涼それぞれが群雄割拠。砂漠と草原には少数民族が点在する乱世の時代。
砂漠の民には、濃霧に覆われる月牙泉、陽華泉の向こうには桃源郷が広がり、巫族が隠棲していると伝えられている。そして各国君主には
「天女を得るものは天下を獲る。」
と信じられていた。
各国皇宮では派閥による勢力争いで暗殺や毒殺が横行し、まさに内憂外患、乱世だった。
北の燕では皇太子の座を十四人の皇子と妃が争い内紛が激しくなっていた。
燕に嫁いだ晋の公主、陽蓬妃は文武両道、才色兼備。美しい藍色の衣を羽織り、駿馬を駆る姿は羨望の的であり、燕の皇帝から格別に寵愛された。
二歳になる皇子玉謹は楊法将軍に武芸を、軍師陳郁に兵法、文官海照に学問を習い、師が驚愕する速さで習得していった。
母に似て容姿は美しく体躯に恵まれた玉謹は宮中の人気を一身に集め、皇帝からの愛情を独占していた。
皇后からは皇太子の座を脅かすとして母子ともに疎まれ緊張する日々だった。皇帝はそれを案じて陽蓬妃、玉謹とも晋からの重臣衛星とその配下を護衛に命じた。
「陽蓬妃様、ここ数日後宮に不穏な動きがあります。皇后の配下がこの宮殿の外に配置されるようです。今晩襲撃が予想されますのでわたしとともに備えますように。」
「衛星殿は玉謹を連れて燕より離れ晋に向かうように。この子を争いに巻き込みたくありません。必ず脱出してください。」
「はい。」
夜更けに多勢の禁衛が陽蓬妃宮殿に攻め入る。衛星は眠る玉謹を紐で背中に括り外套を羽織る。両手に剣を携え禁衛を斬りつけ、駿馬に跨り城を脱出。荒涼と広がる砂漠を超えて晋に向かう。
「陽蓬妃様を晋へ。」
衛星は配下の兵に叫び、走り去った。
襲われた陽蓬妃は、衛星の背中に括られた玉謹が馬で脱出する姿を見届け息絶えた。
「どうか無事に生き延びて欲しい・・・。」
衛星は優れた騎手であり、駿馬を自在に操る。到底後宮の禁衛軍では追いつけるはずがない。数日分の食料と水、防寒着を携え月牙泉を目指す。砂漠には洞窟が点在し、水源である月牙泉の近くにある洞窟で宿営する。
驚くことに玉謹皇子はすやすやと眠ったままだ。あの死闘のさなか泣くこともなく、無事に脱出できた。晋の宝と敬われる陽蓬妃の血が流れている。
痛みが走る。緊張のせいか気づかないうちに脇腹を剣先がかすめたのか負傷していた。
薬草を塗り込み布を巻く。
すると血の臭いを嗅ぎつけたのか獣の唸り声が・・・
水源豊かな洞窟の入口に狼の姿が見える。
「砂漠の住人が集う洞窟に先客か。」
月明かりに人影が浮かぶ。女の声だ。
狼の唸り声に反応して玉謹が起きた。
「ここはどこ。衛星、母上は・・・。」
「子供がいるのか。どうしてここに。」
「燕の皇后の急襲から逃げて晋に向かう途中です。」
「燕か晋の武人だな、名乗れ。害を与えるつもりはない。負傷している様子、幼児を連れての野営は急激に冷える洞窟では危険だ。」
「晋の将軍、衛星です。陽蓬妃の護衛として燕にいました。こちらは玉謹皇子です。」
「内紛の犠牲だな。集落に案内する。まずは身体を温め、食事、そして治療だ。」
女子は神獣のような狼2頭を従えて先を歩く。衛星は玉謹を背負って馬を連れて追う。
女子が月牙泉の畔に立つといきなり濃霧がはれて泉の中央に橋が現れた。
その先に集落が浮かんでいた。
「これは・・・・」
「ここは巫族の村だ。」
「伝説は本当だったのか・・・。」
上空には鷹が羽ばたいている。女子は狼に跨り走り出した。衛星は馬に跨り後を追った。
桃源郷との言い伝えは本当だった。暖かく、木々が茂り、花が咲き乱れる。
「衛星、ここは?天女様の国なの。」
「わたしにもわかりません。」
「玉謹様、ここは巫族の村です。晋までは遠い。衛星殿の傷を治し英気を養ってからでもいいでしょう。ここには玉謹様と同年代の子供がいますよ。」
「狼に乗ってもいいですか。先ほどあなたの姿を見てぜひ背に跨ってみたいと思います。」
「狼貴と狼華はこちらへ。」
2頭の神獣は衛星と玉謹の前に伏せる。
「穏やかな狼華がいいでしょう。」
前に立った狼華に衛星が玉謹を乗せた。
「しっかりつかまって。狼華、ゆっくり進むように。」
玉謹は首につかまりしがみつく。ゆっくり歩く狼を撫でながら
「狼華、乗せてくれてありがとう。」
と抱きしめた。
衛星の傷は深く、巫族に伝わる薬草によって治療する。
「命の恩人であるあなたのお名前をお聞かせください。」
「わたしは翠月です。」
翠月は美しく輝いていた。まさに天女だ。
疲弊する乱世から民を救い平安をもたらすといわれる天女に間違いない。
玉謹は集落の子供、狼と鷹と遊ぶ毎日だ。ここは温暖で食事も美味しく、豊饒な土地を活用した自給自足。農法、工法あらゆる分野が進化した生活が営まれている。世の君主憧れの治政だ。
回復した衛星は巫族の長のもとを訪れた。
「翠月殿に助けられ、毎日治療していただき傷も癒えました。おかげさまで十分養生し、玉謹様もあの通り元気で、ありがとうございました。ご恩は必ずお返しします。」
「晋の衛星将軍、燕の玉謹皇子ですね。陽蓬妃は亡くなりました。残念です。燕は益々内紛が激しくなります。玉謹様は晋で育てるのがいいでしょう。」
「はい。素晴らしい妃を亡くしました。もう玉謹様を争いに巻き込みたくありません。それは陽蓬妃様の願いでもあります。」
「わたしたち巫族は予知力を生かし、乱世を平定し明君を生み、民のための治政を助けます。ある暴君に裏切られ、絶滅に追い込まれましたが何とか逃げ延びて隠棲しました。ここ砂漠は数十年程になります。」
「そうでしたか。伝説と信じていました。」
「玉謹様は素晴らしい君主になるでしょう。育てるのは衛星殿です。晋に戻り陛下に玉謹様の生存を話し、皇宮から離して育てなさい。
皇宮や後宮には陽蓬妃の子であることは決して知られないことです。
衛星殿は鎮北王、大将軍として、皇帝より兵権を預かり三軍を率いることになります。玉謹様は跡取りです。」
「それは大変な重責です。晋へはわたし一人で向かい陛下に報告することにします。玉謹様をよろしくお願いいたします。」
「翠月に任せましょう。だいぶ懐いているようです。玉謹様には鷹も狼も遊び相手のようです。」