耀歌
王女と草原の覇者
将軍府の朗君
唐の時代は中原の民、山、砂漠と草原の民が牽制し合いながら、一応表面上の友好を保っていたが一触即発の状況であった。
この日は草原の国阿史那氏から、唐の皇太子に蹴鞠試合の申し出があり、長安で開催されることとなっていた。お互い腹の探り合いといえる。
阿史那氏は、覇者可汗のもと、小可汗がそれぞれ虎軍、狼軍、鷹軍を率いる。蹴鞠試合には最強と言われる鷹軍で挑む。そこには唐軍の戦力を計る狙いがある。
長安は第四皇子、第五皇子、将軍府を中心とした選抜軍で迎え撃つ。
弓矢で落とされた鞠を、面を着けた各10名が奪い合い、敵陣の的に当てると鈴が鳴る。
得点の合図だ。両腕を除く脚、胴、頭で鞠を操り、人を土台にして高く飛び上がり的を狙う空中戦が見どころだ。
まさに交互に点の取り合い。前半戦の最終局面で第四皇子と鷹軍の軍師が、鞠を奪い合いぶつかり着地体制が崩れた。第四皇子が軍師の下敷きに。
阿史那軍の得点となり、唐は劣勢だ。第四皇子と阿史那の軍師は手当を受けることに。
後半戦が始まるその時、唐軍と阿史那軍に一人ずつ交代兵が入る。阿史那軍、唐軍がそれぞれに拝礼して迎えた二人は、唐軍は将軍家の朗君、阿史那軍は鷹軍の総帥だ。
「唐軍は劣勢だ。阿史那軍は大柄な体躯と速攻を活かす攻撃的な鶴翼の陣を張る。こちらは脚技と鞠捌きで、攻守変幻自在な雁行の陣で対抗する。」
「はい。朗君の仰せの通りに。」
「まず鞠を奪う。阿史那軍は高さがある。こちらは土台2名、高さのある阿史那軍の身体を利用しさらに飛び上がる。鞠は左に落とす。さすがに高いので土台の2名で落下するわたしを支えて欲しい。3名で鞠を捌きながら敵陣を走り抜き、最前線で2名が土台に。わたしは右から一気に駆け上がり、第五皇子が高く上げた鞠に向かって跳躍し的に当てる。他は鞠と第五皇子を追いかける阿史那軍を防御する。まずは1点を返すぞ。」
先頭に構える朗君は背後に合図を送る。唐軍は陣形を整える。
「雁行の陣か、面白い。こちらはひたすら攻めるのみ。」
「予想通り鶴翼の陣で攻撃一方か。」
太鼓の合図で弓矢が放たれ、鞠が落とされる。2名の土台を駆けあがり、総帥の肩を蹴り上げ鞠を奪う朗君。頭で前方左の敵陣に落とす。総帥は肩を蹴り上げ、高さを出して鞠を奪う唐軍の策に慌てた。まさか自分を土台にするとは・・・・。
「奪え、左と最前線に集中しろ。」
総帥は自陣を中央から駆け上がるが、唐軍の激しい防御に合う。そこに右から俊足で駆け上がる唐軍兵が・・・。先ほどの若者だ。
自陣の最前線に唐軍2名の土台が組まれ、若者が一気に飛び上がった。鞠が鈴を鳴らす。
一斉に歓声が上がった。
敵の攻撃を瞬時に交わし攻め上がる。堅い防御で敵の脚を止める。戦況に合わせた攻防は将の采配がすべて、見事だ。
「唐軍に防御されたら潰せ。囲まれたら力で突破し、体勢を崩して鞠を奪え。唐軍はこっちより華奢で脆い。」
「はい。」
唐軍が素早く鞠を捌く。頭で鞠を味方に繋ぐその時に、高さのある阿史那軍が鞠を奪い、総帥が手薄な唐軍の陣地を走り抜け一気に的を狙う。鈴の音が響く。
「総帥は強い体躯に俊足、そして司令塔だ。わたしが合図をしたら総帥を二人掛りで止める。その隙に駆け上がるわたしの前に土台を。必ず仕留めて逆転だ。」
「時がありません。」
「攻守で自分の役割を果たせば勝てる。」
駆け上がる総帥を2名が抑える。左右の阿史那軍を囲む。唐軍は力で崩される。俊足の朗君は一気に中央を駆けあがる。瞬時に土台が組まれ駆け上がる。第五皇子からの鞠に頭では間に合わない。朗君は地面に背を向けた状態で、空中に舞い上がる鞠を頭上より高い位置で蹴る。鈴の音が高らかに鳴り響いた途端に、試合終了の花火が上がった。間に合った。
唐軍、阿史那軍、観客は宙に浮いた華麗な足技に呆然とする。地上では唐軍が落ちてくる朗君を受け止める。勝利の喜びでそのまま胴上げだ。朗君が何度も高く舞い上がった。会場は拍手の渦だ。
たった一人の戦術に負けた。敵の強みを認め、己の弱点を見極め最良の戦術を立てる。その冷静さと最大限の力を引き出す知力は敵ながら称賛に値する。一体何者だ。
阿史那軍で最強と恐れられる鷹軍の総帥らしい。冷静沈着で敵の動きを瞬時に掴んで策を講じる。戦であれば到底敵わない。唐軍は阿史那軍に攻め込まれたら負けるだろう。
阿史那軍の逗留する館は東宮に近く、賓客用で美しい庭園に面している。草原の民であり騎馬族でもある彼らにとって馬は大切な友だ。館の近くで馬を休ませる。
馬の世話人に交じって駿馬の産地と名高い西域の馬に、餌を世話する若者がいる。
気性が荒く他人を寄せ付けない総帥の馬、冬雪が身体を拭いてもらい、若者から餌をもらう。
「冬雪が・・・。おまえは誰だ。」
「あまりにも美しい馬なので。冬雪というのですね。あなたの馬ですか。」
「そうだ。」
そこへ護衛兵が駆け寄る。
「東宮は皇太子の居城だ。馬は遠慮願いたい。即刻厩に移してほしい。」
「阿史那氏は人馬同様の扱いが決まりだ。」
双方にらみ合いとなった。
馬の影から声が・・・
「賓客である阿史那氏に倣うのが礼儀ではないか。東宮や将軍府はそのような些事をいちいち客人に押し付けるほど狭量なのか。」
「お前は誰だ。生意気な。前へ出ろ。」
朗君は兵の前に出る。
「これは・・・朗君様。」
兵は一斉に跪く。
「朗君、わたしが愚かでした。どうか命だけはお助けください。」
「阿史那氏の馬はこのままで。きちんと世話をするように申し付けたぞ。」
「はい。」
「早く失せろ。」
退散する軍が一斉に拝礼する。
「白総将軍、失礼します。」
「行け。鷹軍総帥にご挨拶します。わたしは白総将軍です。朗君はここにいらしたのですね。」
「白総か。美しい阿史那氏の馬に見惚れていたのだ。」
「こちらは阿史那氏の逗留する館です。どうかお屋敷にお戻りください。」
「ここにいてはならぬのか。」
「いえ、それはいいのですが・・・。」
「こちらに逗留する客人は、蹴鞠で闘ったのだから友だ。もう少し馬を見ていたい。先に戻れ。」
「はい。待機します。」
「失礼しました。無礼をお許しください。わたしは将軍府の者で六耀です。」
「わたしは阿鷹。冬雪が懐くとは。」
「何かの偶然でしょう。仔馬から育てるほど馬が好きだからか、馬に嫌われることはありません。それでは失礼します。」
朗君の呼称は貴族、皇族の縁戚か。東宮に自由に出入りできる将軍府の者。知力、胆力、戦術に長け、品性が備わった美しい容姿。西域の馬を見分ける審眼は馬術もかなりの腕だろう。一体何者なのか。
六耀と名乗る将軍府の者とは耀歌、皇太子妃の姪で皇女を母に持つ王女である。いまの皇太子妃は兵権を掌握する将軍府に長女として生まれ、皇帝の第一子に嫁いだ。そして皇太子の妹である耀歌の母は、三軍を率いる楚大将軍、斉北王の父に嫁いだのだ。皇宮の縁戚としては特席の位だ。
皇子の中でも、第四、第五皇子と耀歌は従兄同士で武術、馬術、兵法すべて他者を寄せ付けない強者だ。耀歌は常に男装でいまや誰もが朗君と呼び、女子と知らぬ者も多い。
阿鷹は阿史那氏可汗の甥で、最強の兵と恐れられる鷹軍の若き総帥だ。狼軍の総帥は可汗の息子、虎軍の総帥は可汗の義弟でそれぞれ競い合っているが、圧倒的に鷹軍の力が勝る。
蹴鞠試合を終え、鷹軍は長安に隊商の姿で留まる。敵状視察だ。ここはものに溢れ交易が盛んで豊かな生活が営まれている。草原では自然との融合が求められるが、長安では人がものやことを動かしている。
2か月経つ頃、草原での生活で研ぎ澄まされる五感が危険を察知する。ここ長安で不穏な動きがあるようだ。早々に長安を脱出する。
間者の報せで、皇帝、皇太子に反旗を翻す勢力が台頭してきているらしい。
ふと六耀が気になる。確か将軍府は皇帝、皇太子との縁戚。皇太子の弟である秦王一派に追い込まれれば命はない。
耀歌は従兄の第四皇子と第五皇子、将軍府の精鋭と草原との国境付近で宿営し、狩猟を楽しむ。
唐きっての精鋭部隊が、狩猟で長安を留守にしている間、皇太子の弟秦王と配下の将軍が、皇宮、東宮、将軍府を襲撃。皇帝一族は囚われ、皇太子はもちろん、血縁者から側近すべて惨殺された。惨劇で混乱する中、将軍府から数騎の駿馬が駆け抜ける。宿営に報せるためだ。将軍府から脱出した兵は次々と宿営に向かった。
明け方、宿営に報せが入る。
「殿下、朗君、皇宮と東宮、将軍府が秦王とその配下によって襲撃、謀反です。」
「え・・・叔父上がなぜ。」
「周到に計画されていたようで、将軍府の精鋭が宿営で長安を留守にする期を狙ったようです。」
「それで。」
「皇宮の酒宴のあと寝込みを襲われ、ほぼ壊滅、生存者はいないかと。」
「母上や兄上は、戻らなければ。」
「いえ危険です。早々に宿営から国境の泉州、朔州へ分かれて入りましょう。こちら将軍府の兵が先行しています。まだ追手は届きません。」
「わたしは泉州に、従兄上は将軍府の兵と共に朔州へ向かってください。どうかご無事で、生きて会いましょう。」
「耀歌、無茶をするな。必ず生きて会おう。」
耀歌は侍女の香姜と西華とともに泉州に向かった。追手は必ず泉州を目指す。2人の皇子は文武両道で人望も厚く兵法に長けた逸材だ。再興する力を蓄え、無念を晴らして欲しい。わたしは所詮女子。囮になるくらいしか価値はない。
「泉州に追手が来る。できるだけ皇子から追手を離す。狙いはわたしだ、2人は逃げるのだ。ここで別れよう。」
「わたしたちは将軍府の武人です。耀歌様と最後までご一緒します。」
3騎は西へ走っていった。